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塩野七生作品から教わったこと

 


 先日、塩野七生氏が文化勲章を受章された、とのニュースがありました。

 

 塩野氏の作品から、管理人は大きな影響を受けました。特に「ローマ人の物語」は素晴らしい!影響を受けすぎてローマに行っちゃいましたからね!

 

 でも、これは管理人だけではないでしょ?多くの方が、塩野氏によって、ローマに行ってしまったのではないでしょうか?

 

 28才の時にローマに行ったのだけど、ついてすぐにコロッセオに向かったんですよね。

 

 地下鉄駅を出て、すぐ目の前にコロッセオを見た時、心の底から感動してしまった。

 

 名所旧跡巡りなんて、修学旅行や家族旅行で行ったことがありましたが、どれも「凄いねえ」と思うだけ。

 ローマやコロッセオは世界的な観光地なので、おそらく「ローマ人の物語」を読まずとも、年を取った後の旅行で行ったかもしれない。でも、パックツアーにありがちな「ローマ、ヴェネチアピサの斜塔ツアー」などの形で訪れたことでしょう。

 そしていつもの名所旧跡めぐりと同じく、「凄いねえ」という感想をもって終わったことでしょう。

 

 しかし、28才のローマ旅行は違った。

 

 それまで一年近くかけて見てきたローマの長い歴史とともにコロッセオを見上げたとき、心の底から興奮してきたのを、いまだに覚えています。鮮明に。

 

 そこから10日間も、ローマを中心に、ローマ帝国の遺跡を巡り続けました。

 

 たぶん、事前に何もせずにパックツアーに参加していたら、ローマは一日で終わり、フィレンツェ、ミラノも各々一日で回り、ツアーの最後にヴェネチアで(味もよくわからなずに)イタリアワインで乾杯していたことでしょう。

 

 歴史を知ると、こんなに違うのか。それ以来、管理人の旅行は変わった。

 

 これまで鎌倉や奈良、その他などを旅行してきたけど、どこも感慨深いものがあった。奈良の大仏なんて、家族旅行や修学旅行でも見たことあったのだけど、社会に出て歴史を学んでから大仏様を見上げた時、やはり深いものを感じてしまった。

 

 そう考えると、管理人は、塩野作品で単にローマ史が好きになっただけでなく、旅行の仕方も変えられてしまったようです。

 

 そこまで影響を及ぼせる作品が、いくつあるだろうか。

 

 もちろん、個人の好みもあるから、何が自分に影響を与えるのかはわからないけど。

 

 皆さん、生涯で何冊、本を読めますか?さらに言えば長編シリーズを読み切ることができますか?

 読む速さなんてどうでもいい。

 決して多くを読破できない管理人にとって、塩野氏の作品に出合えたことは、幸運中の幸運と言っていい。

 

 そして、誰に強制されるわけでもなく、塩野氏以外のローマの作品を読み、それを通り越して専門書を読むに至りました。

 

 塩野氏の作品は、「専門家」や「ローマ史好き」から「歴史の真実と違う」と批判されることがあり、「創作だ」と批判されることもあります。

 

 正直言って、「真実と違う」っていう批判はどうかと思うけどね。これまで専門書も読んできたけど、どの本も微妙に異なる歴史観がある。その相違点があるから「歴史は面白い」ともいえるのだけど。専門家同士でも異なるのに塩野氏だけ攻撃されるのもどうかと思う。

 

 それに、これが一番、大事なことだけど。

 

 塩野氏が残した影響の最たるものは、ローマ史の間口を広げたこと。それも非常に大きく。

 

 ローマ人の物語が世に出る前まで、ローマ史を知るには読みにくい専門書を読むしかなかった。日本史でさえ、歴史を知るには大河ドラマが中心だった時代に、西洋史の、しかもはるか昔のローマ帝国について学ぼうなんて考える人はごく少数。

 

 それが「ローマ人の物語」が出て以降、様々な「ローマ関連本」が発売されました。ローマ人の食事を再現した本、ローマ人の24時間の生活に述べた本等々。

 

 今では書店の歴史コーナーに「古代ローマ」のコーナーが設置されるに至ります。

 

 もし、「ローマ人の物語」が無ければ、日本でローマ史はいつまでも狭い分野の世界となっていたでしょう。

 「ローマ人の物語」のおかげで「ローマの歴史」という「市場」ができて、ローマ本が売れるようになり、日本のローマ専門家も経済面や注目の面で恩恵を受けることができた。

 「専門家」と言う人は、考えに反発があっても、日本でローマ史の存在を向上させた塩野氏の功績は、認めないわけにはいかないと思う。

 

 それに、塩野氏の影響はローマ史だけにとどまらないと思う。

 

 今思えば、「ローマ人の物語」が世に出る以前の、パンピーが手にできる歴史に関する書物と言えば、それこそ歴史小説くらいなものだったように思う。

 

 司馬遼太郎の小説が、歴史書扱いされていたのだけど、そのくらい「専門書」と「小説」の境が明白だったように思います。

 

 歴史の専門書コーナーに、堂々と「信長に学ぶリーダーの教え」などというビジネス書も並んでいましたからね。

 

 塩野氏の作品以降、日本史でも同様の手法をとる作家さんが増えましたし、専門コーナーにはきちんと専門書が並ぶようになった。

 

 塩野作品は、それまで狭く高い位置にあった「ローマ史」の入り口の間口を大きく広げ、低い位置に移動させた。そのおかげで多くの人が親しむことができた。

 

 ローマ史を知る人が増えたからこそ、議論も活発になったといえます。

 

 振り返ると、管理人が最も影響を受けたのはこの点であったかもしれない。

 

 自分の職業でも、理由以前に、まず知ってもらうことが大事、と思っています。

 そのためにはどうすれば「入口」を大きくできるのか。

 実行できているか否かは別にして、これを心がけるようにしています。

 

 

 

 (信者ではなく)ファンとして、塩野氏の受賞を(勝手に)お祝いいたします。

 

 実は、一度、塩野氏を「生で」拝見したことがあります。

 

 ローマ人の物語の完結を記念して、塩野氏が全国で講演された際の札幌公演を、新さっぽろで拝見しまして。その時はまだ道東に住んでいたのだけど、わざわざ汽車に乗って、行っていまいましたからね。管理人はファンになった人に、そこまで行動する人間ではなかったんですけどね。

 

 塩野氏はかつて、明石大橋を見て感動されていました。「こんな巨大な橋を作った日本人は素晴らしい」と感嘆されていた。

 

 ぜひ、北海道でエスコンフィールドを見てもらいたいですね。

 

  日本人は野球を見たい余りに、こんな雪ばっかり降る土地にまで球場を作ってしまった。

 

 しかも野球を見に来てるんだか、飯を食いに来てるんだか、アトラクションで遊びにきているんだか、わからない球場。すべての垣根が低い。

 

 ある意味、「入口を広げる」という塩野氏の作品のコンセプト(と管理人が勝手に思っている)ことが実現されている球場と言えます。

 

 

 おめでとうございます。

 

 

おまけ

 

 コロッセオの前をふらついていた時、ローマ兵の格好をした現地のオッサンに「写真を撮らないか?」と言われました。最初は断っていたのだけど、「このジャップはチョロイぞ」と見抜かれたためか、しつこく誘われ、その内に自分も「コロッセオの前でローマ兵と写真を撮るのも悪くないな」と思ってしまい、記念撮影をしました。1000円取られた挙句にできた写真が、以下の通り。

 

 

 

 

 見事なまでに顔だけ写ってねーし!!(爆笑)

 

 当時はまだデジカメは一般的ではなく、「写ルンです」で撮影したんですよね。

 写ルンです、って、こういうミスが起こりがちではあった。

 

 皆さん、コロッセオに行っても、記念撮影は断りましょう!!

 

 (服装は気にしないでね)