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アニメファンじゃないけど「AKIRA」について語ってみる

 東京オリンピックの開幕と共に、何かとネットで見かける機会の多くなった単語の一つに「AKIRA」があります。

 

 1988年に公開されたアニメ映画です。

 

 当初、東京五輪の開会式で演出される予定だった作品として注目をされています。

 

 「アキラ」については、自分と同年代の人なら「世界に衝撃を与えた作品」という認識があると思いますが、若い人にとっては「マイナーな作品」「大したものではない」という評価のようです。

 

 この評価は致し方ないですね。もうアキラが世界で有名になった時代とは価値基準や流行も違いますし。

 

 若い人は、「黒澤明」という監督の作品を見たことがありますか?

 

 以前の記事で管理人の高校時代に、夏の百選の中の「名著」と呼ばれる作品ばかりを読んだことがある、と書きました。

 

 それと同じことを20代前半に映画で行いました。そう「名作」と呼ばれる作品を100作見てみよう!と。

 ちょっとは映画を見る目が鍛えられて、語れるようになるかな?と思いまして。

 

 よく評論家の人がテレビとかで映画について語っているのを見て、「なんかカッコイイことを語っているような気がする」と思い、自分もそんなカッコイイことを語りたい、と思いまして。まだ「意識高い系」が抜けてなかった時期ね。

 

 で、(どうせ彼女もいないし)週末にレンタルビデオ店で「名作」とされている作品を借りこんで、ぶっ続けで見ていました。

 

 それまでの自分は、ここで何度も話したように「B級映画」と呼ばれる作品ばかり見てきました。なので「名作品」「高尚な作品」を鑑賞したことがありませんでした。

 映画関係の雑誌を買って、「名作リスト」にあるやつを、選別無しに片っ端から借りていきました。「アラバマ物語」「市民ケーン」「カサブランカ」「博士の異常な愛情」、「風と共に去りぬ」・・・・・・。

 

 正直言って、辛かった。「カサブランカ」は、当時なら世界を感動させたラブロマンスなのかもしれないけど、現代で見てみると、昼ドラを見ている感じ。「風と共に去りぬ」も長い印象しかなく。

 で、何かと「革新的」という評価をされていた「市民ケーン」。詳しい内容は忘れつつあるのだけど、ある老人の日々とその若いころの様子が交互に展開していました。

 ある雑誌ではこれが「革命的」とされて、当時の映画ファンに衝撃を与えたそうなんですが、全然「革新的」に思えなかったんですよね。だって、こういう展開の映画をたくさん見てきたから。

 

 そう、当時はとても衝撃的だったとは思いますが、その手法は「市民ケーン」が発祥となって、後世に何度も取り入れられたため、もはや「フツーの表現方法」になっていたのですよ。

 

 「名作品」と呼ばれる作品は、自分にとってこういうことばかり。30作品くらいで挫折しました。なお、これは自分の感性であって、これらの作品のファンは年齢を問わずにいると思いますし、「映画が好きだ」と言う人にとっては勉強になることも多いと思います。

 でも、「一般人」であった自分は違った。映画のセンスでも「パンピー」なんだ、と気づかされたのでした。

 

 で、その名作の中には黒澤明監督の作品もありました。「用心棒」「七人の侍」「蜘蛛の巣城」「羅生門」等々。5,6作品は鑑賞したと思います。

 鑑賞前は期待しましたよ。なんせ世界の「クロサワ」ですからね。

 

 正直な感想ですが、面白いっちゃ面白い。つまらなくはないです。でも、現代から見てしまうと白黒とかいろんな「時代感」を感じてしまうのです。

 

 黒沢作品は、ジョージルーカスをはじめ、ハリウッドに限らず世界中の映画好きに影響を与えた、とはよく語られていました。

 あの歴史的名作、スターウォーズC3POとR2D2のコンビも、黒沢作品に影響を受けていると聞き、「おお、凄い日本人もいたんだ!」と感心したものです。

 でも、自分は黒沢作品自体から衝撃を受けることはありませんでした。

 

 これは、自分が「衝撃」を受けた、「スターウォーズ」についても言えますよね。エピソード1~3の方が若い人には人気だそうですが、自分にとってはエピソード4~6が絶対です。宇宙戦闘のシーンが、凄い迫力で表現されていたので!

 ・・・・でも、その「スゴイ戦闘シーン」も、CGがありふれた今の若者にとっては「チープ」に映るらしく。そうだよね、そう思って当然と思う。なので、もう、若い世代とスターウォーズの衝撃を共有することは永遠にできません。時代の流れなので。

 

 

 

 長々書いたけど、「AKIRA」もそうだよね。

 別にアニメに詳しくないけど、今やアニメを大人が鑑賞するのは当たり前になっていますし。

 

 でも、よく考えて見ると今は、少しは周囲に遠目で見られるとはいっても、「アニメ好き」がそんなに悪く思われない時代になったのも、アキラのおかげともいえるかもしれない。

 

 アキラが公開される前まで、アニメと言えばロボットものや魔法少女、ヒーローものなど、今とは違って圧倒的に「子供の見るもの」という認識でした。

 

 実際、世界で作られていたアニメもディズニーとか「トムとジェリー」と言ったものや、政治思想や芸術性の強い作品ばかり。

 そんな中で、日本だけが「異質」な発展を遂げていたのです。そう、SF方向というか、完全に「怪しい方向」へ。マニアックというか。

 エヴァンゲリオン以上にマニアックな設定、謎だらけのストーリーのアニメ作品がたくさんありました。

 

 え?お前詳しいじゃないか!って?

 自分は詳しくないのだけど、家族にアニメファンがいてね。正直、暗い感じで嫌でしたよ(苦笑)。お前が言うな!って感じだけど、それでもアニメ好きとは同一視されたくないほど、当時の日本のアニメはかなりマニアックな発展を遂げていたんです。

 

 で、その極みとでもいうように「アキラ」が公開されまして。

 

 あの内容を見ればわかるでしょ?「前々前世~」とかとは真逆でしょ?

 今でこそ、アニメへの敷居はかなり低くなっているけど、当時はかなり狭き門だったから、ファンはかなり限られていて、基本的に暇を持て余している大学生がメインでした。

 

 そんなときにおこったのが、「連続幼女誘拐事件」。

 

 小さい女の子なかりが誘拐され、しかも当時としてはかなりショッキングな方法で○○されていて、その上半年くらい、犯人が捕まらなかった!

 ほんと、リアルタイムで進行と言う形で、ある少女の遺体が見つかった!と連日、テレビで騒いでいる最中に、次の遺体が見つかる、という感じで、社会に不気味さがどんどん増していきました。

 

 そしてようやく逮捕された犯人の趣味がアニメだった!!!

 

  

 

 これが決定的となって、日本国内でアニメの地位は徹底的に追いやられてしまいました。

 

 ほんと、大げさではなく「アニメ好き」は「殺人予備群」と無条件にレッテル付けがされました。

 その余波でアニメ以外の特撮などの異端視されるようになり、さらに広がって鉄道ファンとか、一つの分野に深くのめりこむ行為自体が、徹底的に忌避されるようになりました。

 

 あの時、みんな無理して明るくふるまうとか、友達と無理に仲良くしないといけない、みたいな空気があったと思う。当時の空気の中で「アニメファンでいる」っていうのは、かなりな重圧だったと思うよ。

 

 そんな空気であったため、「アキラ」なんていう作品は、内容からして非常に危険視されたわけですよ。

 

 そんな感じで、日本ではアニメが徹底的に蔑まされていた時代が長く続きました。

 

 

 その状況が、90年代後半くらいから変わり初めまして。

 

 なんと海外で日本のアニメが人気を得ている、と。

 

 しかもあの巨匠、スピルバーグやジョージルーカスが絶賛している、と!

 

 んなわけねーじゃん、って感じだったんですが、それから次々と日本のアニメが人気を得ている、という報道が、日本でもされるようになりまして。

 

 その作品が「AKIRA」だったんですよ!

 

 あのグロくて、マニア度が非常に高い、言ってしまえば「気持ちの悪い」作品が、世界で「芸術的だ!」とされている、と。

 

 そして「AKIRA」をきっかけに、他の日本作品にも注目が集まり、ジブリ作品なども評価されるようになっていった(と思う)。

 

 あの時期は、なんか不思議でしたね。「え?こんなのが評価されるの?」って感じ。しかも外国のオタクが評価しているのではなく、一流のエンターテーナーが評価している!

 

 すると現金なもので、それまで毛嫌いして馬鹿にしていた日本人やメディア(当然自分もその中の一人)が、手のひらを返したように、「日本のアニメは世界でもすごいぞ!」と評価を変えだして、ついには「日本が生んだ新しい文化!」「クールジャパンの代表」とまでなったのですよ。

 

 今や日本のアニメは世界での評価を確固たるものにしたけれど、それは「AKIRA」や「攻殻機動隊」のおかげ、と言えるのであって、世界的には正に「クロサワ」的な存在なわけです。

 

 皮肉なことに、「海外で認められたから」と言う理由で、日本におけるアニメに対するイメージが変わったともいえるわけで。

 

 「外圧」で、アニメ文化が日本で認められた、というか。

 

 で、世界で評価されだした時期から、宇多田ヒカルとか「オシャレな人」もアニメファンを公言するようになって、今ではれっきとした日本の文化になったわけです。

 

 そう考えると、今のようにアニメが「趣味」の分野となることができたのも、「アキラ」のおかげ、ともいえるかもしれない。

 

 でも、今の若い人がアキラを見て、あまり感動しないのもわかります。

 

 もう、価値観も違うからねえ。

 

 エヴァンゲリオンが終わってしまったけど、あのくらいマニアックな作品が、当時は溢れていたように思います。作家性が強すぎる作品ばかりだった、というか。

 薄気味悪く、グロテスクで、エッチな表現もある。

 ほんと、こんな作品ばっかりだった。だから一般人が近寄り難かったんだけどね。

 

 エヴァンゲリオンは、そういう「かなりマニアック」な時代、一部の人間がアンダーグラウンドで文化を作っていた時代にもさようならしたようにも思いますね。