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大学時代にやっておくべきこと 3選 その2

 

 続きです。

 

② 勉強

 これも社会に出てから気づく大人が多いのでは?

  旅行のところでも書いたけど、大学時代は自分で自由に使える時間が豊富にある。

 旅行に行くのが嫌ならば、一つの分野について1か月間、ずっと勉強するのもアリ。

 ただし、勉強する内容は試験もレポートも関係ない、何なら専攻の科目も関係のない、単に「面白そう」「興味がある」という分野のこと。

 

 これも管理人の後悔していることなんだけど、管理人の学生時代は、いつの間にか試験に通ることが「勉強」となってしまった。試験に出ないことは「無駄な勉強」と思うようになっていった。

 「勉強に時間を割かずに点数を取る事、試験に通る事」が「頭の良いこと」であると思い込んでいた。

 以前、ネットの同学部の学生の番組を見たのだけど、「グループのまとめを集めることが重要」と語られているのを見て、自分の時と同じだなあ、と苦笑いしてしまった。

 

 まあ、試験事ではそれは仕方ない面もあるのだけどね。

 

 社会に出たら、「まとまった時間」というのが無くなる。独身ならいざ知らず、結婚したらなおさら(爆笑)。

 

 細切れの時間、スキマ時間に「お勉強」をするのだけど、なかなか大変。

 でも、学生時代は1週間、ぶっ通しで部屋や図書館にこもって勉強をする、ってことができるでしょ?

 夏休みなどの一か月間、一つのことに集中して勉強すると、1か月後にはその分野で十分、突き抜けることができる。

 一つの分野の専門書を5冊読んだら、君の周囲30人の中で飛び出た存在になる。

 10冊読んだら100人の中でとびぬけた存在になる。

 20冊読んだら、その分野では周囲にキミ以上の存在はいなくなる。

 

 意外とそんなもんなんだよ。簡単そうでしょ?でも、それをやろうとしないものなんだよね。まあ、立花隆という人の受け売りなんだけどね。

 

 社会に出たら、なかなかできません。学生時代の間に、自分に「飛びぬけたもの」を作っておくことをお勧めする。

 

 「就職のための資格の勉強」や「志望の職種のための勉強」など、目的がある勉強はした方がよい。

 

 でも、これは就職担当の人に聞きたいけど、履歴書に資格が多く書かれていることって、重視してます?あんまりマイナーな資格があったとしても、評価されないと思う。

 

 (ここから先は、自分のことを棚に上げて話します)

 

 資格の多さよりも、職場に馴染むかどうか、もっと言えば、言うことを聞くかどうか、が重要。さらにいえば「ハイ!」とだけ答えられるかどうか。体育会系の人は、それができるから重宝がられるんだよ。対して文化系の人間は・・・・。

 

 なので、意味のない資格を多くとっても、就職で有利になるとは思えない。

 

 ここから極論を言うけど、社会人のマナーとか、就職に特化したセミナーというのも、あまり意味がないような気が。

 そういうのは、社会に出たら3年で、誰でも身に着けることができる。同期との1,2か月の速さなんて、上の人から見れば大した差に見えないと思うよ。

 自分は「新人」という人とも接することがあるけど、みんな最初は頼りなさそうだけど、 2年目の後半あたりから、なんか「社会人らしさ」が出てくるんだよね。

 ひたすら頭を下げて、自分の意見を飲み込んで、「はい」と繰り返していたら、いずれ必ず認められるので、最初から自分の存在をアピールするようなことは抑えた方がよい。

 (管理人ができるとは言っていない)

 

 でも、皆さん、思うでしょう。

 「お前、学生時代に勉強すべきだ」って言ったばっかりじゃねえか!って。

 

 そう、社会に出てから2年間は、ひたすら社会に慣れることが重要になるのだけど、社会人3年目、4年目で周囲を見るときがくる。

 その先からは、個性のようなものを考えるし、求められていくんだよね。

 その時に、学生時代に勉強したことが重要になってくる。

 社会に出ると、たまに話が面白い人に遭遇する。そういう人は、とにかく引き出しが多いことに驚かされる。

 アンテナが大きいというか、守備範囲が広いというか。

 「仕事ができる」と一つの言葉で表現しても、そこには様々なタイプがある。

 以下は管理人が感心してしまったタイプの「仕事ができる」人の例だけど。

 そういう人は、説明がわかりやすい。それに何よりも、知識の出し方が上手い。

 知識を知っていても、出し方を間違えたら印象が下がってしまう。

 「○○学が一冊でわかる本」的なものを読んだだけでは、単に仕入れた知識をそのまま出すだけになってしまうのだけど、一冊読んだだけでなく、一つの分野を深く知っている人は、相手に合わせて「調節」できてしまう。

 ひけらかす人(管理人含む)は、相手に見せつけようとするかのように仕入れた知識を出してくるので、なんだか嫌悪感が湧いてくるのだけど、詳しく知っている人は、話が終わった後に感心してしまう。「面白い」とかではなく、心の底から「ほーう」と言ってしまう。

 

「頭でっかちになる」とか、「オタクになる」という人もいるけど、何のオタクにもなれない人生も、むなしいものがあるかもしれない。人の人生だから言えないけどね。

 

「そんなことを勉強して意味があるの?」という人もいるかもしれないけど、意味なんて人によって異なる。

 何よりも、その知識を得たうえで見える景色と、知識を持たずに見える景色は違うから、説明しようもない。

 

 それに「意味がない」「効率的じゃない」ばかり言っている人と一緒にいても、つまらないよ。

 

 勉強をしてみると、「ここも勉強しなければならない」とか「こんな分野もあるのか」という経験を繰り返すことになる。そのたびに学問の広さを思い知らされる。

 そういう時、自分の回答を迫られる。

 

 「頭が良いから勉強をするのか?」

 「その分野を知りたいから勉強をするのか?」

 

 頭がいい、とか、自分のことを「天才だ」と思っていたら、とてもじゃないけどお勉強なんてできましぇん!

 

 最後に残る「動機」は探求心だけだよ。

 

 社会には、想像以上に自分のことを「天才」と自称してしまう人が多いことに驚かされるよ。

 でも学生時代に上記の経験をしていると、社会に出てから「自称天才」に遭遇したときに、「そうっすか」と対応できる。

 

 

 人生で、一つでもいいから、その分野の果てを見てみたいと思いませんか?

 

 社会に出たら難しいのだけど、時間のある大学生なら必ずできるから、何か一つで「圧倒的に得意な分野」を作るべき。

 

 

 

 続く