パリで奮闘する日本代表諸君、いかがお過ごしか?
極限の緊張の中で戦っている選手たちにとって、一瞬たりとも気を緩めることなど許されない。
前回、当ブログではあえて食事シーンを掲載することで、日本代表選手たちに試練を課した。
あの動画を見て、食欲に負けてはいけない!
そして今回も、日本代表に試練を課す。
今回は、動画ではなく「言葉」だ!
日本語は非常に表現力に富んだ言語である。日本の作家の方々は、この表現力に富んだ日本語を使って、食事の場面の再現に挑んでいる。
今回は、時代小説の巨匠の作品を中心に、言葉による食事の表現に迫ってみたいと思う。
「青みを帯びた皮の、まだ玉虫色に光っている、活きのいい見事な秋鯵だった。皮をひき三枚におろして、塩で緊めて。そぎ身に作って、鉢に盛った上から針しょうがを散らして、酢をかけた。・・・・・・・見るまに肉がちりちりと縮んでゆくようだ。心ははずむように楽しい、つま には、青じそを刻もうか、それとも蓼酢を作ろうか、・・・・・・」
*秋鰺・・・あきあじ 蓼酢・・・たです
どうっすか!情景が目に浮かんできてしまうじゃないか!
言葉というのは実に不思議な道具。相手に情報を伝達するのも役目なら、相手の想像力を膨らませて脳を満腹にしてしまう。いえ、かえっておなかが空いてくるかもしれない。
山本周五郎の作品には、こういった江戸時代の、ごく日常の情景がでてきます。
例えば次の一節。
「久しぶりに店があいたので、おせんは一刻もかかって掃除をし、床板の隅々まで丹念に拭きあげた。それから酒を買って来て、火をおこし、笹がき牛蒡を作って泥鰌を鍋に入れ、酒で酔わせて、味噌汁にしかけてから、座って縫物をとりひろげた。」
「汁のかげんはちょうどよかった、いちど下ろして、燗をする湯を掛け、漬物を出した。」
本当に日常のささいな情景を言葉にしているだけなのに、皆さんの頭には現実として浮かんでくるのではないでしょうか?
また、普段ならあまり見かけない漢字の「秋鯵」「蓼酢」「牛蒡」「泥鰌」なども、こういった描写で用いられると、「食感」とか「匂い」まで想像してしまいませんか?
場合によっては「パリッ」とか、「サクッ」などの音まで想像してしまうかもしれない。
ひらがなやカタカナでは、漢字で表した時ほどの質感を想像できません。
漢字って、食欲を刺激するんですね。
つまり、漢字と平仮名、カタカナが混ざった日本語は、「食」を再現するためには世界最強の言語ってこと!
続いて、こちらも巨匠・藤沢周平氏の作品より。
「たとえば万六の朝の善である。小茄子の塩漬けと少々の菊の花の酢の物、それに昨夜の塩鮭の残りと味噌汁といった中身だが、小茄子は俗に嫁に食わすなという秋茄子、菊の酢の物とともに上等の味を持つ漬物である。塩鮭は昨夜の残り物と言っても、喰いかけのところは取り去ってこんがりと焼きなおしてあるし、味噌汁は青菜に賽の目に切った豆腐という具合で、およそ手抜きという事をしないのが亀代の料理だった」
これは藤沢周平の「ど忘れ万六」からの一節。こちらも漢字が豊富に使われているにもかかわらず、その漢字が食材の情景をとても豊かに表現しています。
これらの小説の中に出てくる言葉には「麗しい味」「そよ風のような」「まったりとしていてそれでいて」などの表現はでてきません。淡々と情景を表わす言葉を並べているだけなのに、なぜかとても食欲がわいてしまう。漢字と平仮名の組み合わせで、想像力がかなり膨れ上がるようです。
ちなみに村上春樹の作品にも「サンドウイッチを食べ、ビールで流し込む」といった表現があります。サンドイッチではありません、サンドウィッチ。
最近、なぜか、時代小説に出てくる食卓の表現に惹かれてしまいます。
でも、こういった情景を想像するには、やはり元となる光景がないと難しいのでは?いくら美辞麗句を並べて文の技巧を極めても、読み手の頭の中で再生できなければ意味がありません。そしてどこまで頭の中で再現できるのか、は、読み手自身の経験によるところも多いのではないでしょうか?
最初に紹介した一文も決して贅沢な食卓ではありませんし、藤沢周平にいたっては前夜の残り物でできた朝ごはんの描写。現代の食卓に並んでいてもおかしくありません。
こう考えると、小さいころからのささいな食事の記憶が、こどもの想像力の発達に役立つかもしれませんね。
そう、食事の記憶は日本代表もパンピーも同じ。
「家で毎日食べていたご飯」こそ、最高なのかもしれない。
ここで選手たちに質問です。
朝食で、ご飯とみそ汁、それに目玉焼きと程よく焼けたソーセージが出てきました。
あなたは何から食べますか?
目玉焼きが半熟の場合、どうやって食べますか?
黄身を割って、醤油をかけますか?塩コショウですか?もしかしてソース派ですか?
黄身を割ってから、どうしますか?半熟の黄身を、白身全体に広げますか?
それとも広げずにしておき、ソーセージに黄身をつけて食べますか?
もしかして、目玉焼きをごはんの上に乗せて、醤油をかけて「目玉焼き丼」にしてしまいますか?
・・・・・・もっと質問できるけど、キリがないのでこの辺で。