次にあげられる日本史と世界の国々との歴史の違いは、「宦官」です。
日本史に関するいろんな本を読んできましたが、日本の先人の大きな功績としてどの歴史書でも挙げられていたのが、「宦官を導入しなかったこと」です。
大和朝廷は遣隋使や遣唐使を派遣し、隋・唐王朝の進んだ文化、知識、技術などを採り入れてきました。
しかしその過程で、中国文化のすべてを導入したわけではありません。あえて導入しなかったものもあるのです。その最たるものが「宦官」です。
宦官とは、中国の歴代王朝の宮廷に使える官吏。
去勢されて生殖能力を奪われた男性のことです。
宦官は中国のみならず、中央アジアやメソポタミア、中東王朝、末期の古代ローマ帝国など、広い地域で存在が認められます。
キリスト教の教義では去勢が禁じられていたため、ヨーロッパ諸国では宦官は存在しなかった、と言われていますが、諸説あるようです。
宮廷、特に多くの后妃が住む後宮に勤める上で重要なのは、皇帝以外のものが后妃と通じて子が生まれてしまうこと。血統が第一であった王朝にとって、それは許されないことでした。そのため、生殖能力を奪った宦官に宮廷の取り仕切りをさせたのでした。
ここで日本史を中心に考えるとこんがらがってくる、中国王朝の歴史独特の性質を考えなければなりません。それは東洋の王朝国家にも通じる問題なのですが。
皇帝とは、天帝から天命を受けて地上を統治するもの。選挙で選ばれる存在ではありません。ここがローマ帝国の皇帝とは異なるところ。ローマ帝国の皇帝は、形式的ではあるものの、元老院によって認められる必要があります。
で、ですね、中国皇帝は統治するために政府を組織しなければなりません。
政府には様々な官庁が設置され、それぞれ役人が必要になります。
史上初めての選抜試験として有名な「科挙」で選ばれるのは、この役人です。
一応、皇帝と政府組織によって、中国王朝の統治は行われることになっています。
で、中国の皇帝は天命によって選ばれるため、後を継ぐ者は皇帝の血統から選ばれます。
この皇帝や一族は宮殿に住んでいますが、なんせ皇帝の家のために広大で、しかも皇太子や王子、王女なども多い。宮殿や後宮を維持するための使用人が必要になります。
この管理を宦官が行っていました。
つまり皇帝や一族のプライベートを仕切っていた、ということ。
しかし皇帝やその一族との距離が近いため、必然的に皇帝と宦官の結びつきも強くなっていき、ついには役人よりも皇帝に影響を及ぼすようになります。
つまり「私的」な部分だけの存在であるはずの宦官が、「公的」な政府にまで口を出すようになる。
これが中国史をどれだけ混乱させてしまったか。
これまで中国史を学んで、宦官には「絶対悪」というイメージを持つようになりました。狡猾で陰険で、異常に虚栄心や嫉妬心や猜疑心、権力欲が強く、貪欲。
宦官は皇帝をコントロールすることで政府を意のままに操りもしました。
官僚組織をねじ伏せ、外戚にもひるむことなく反抗し、必要であれば容赦なく皇帝ですら交代させる。
もし、皇帝が自分たちに敵対心を持とうものなら、騎馬民族や外部の勢力、王朝と独自に結んで自らの支える王朝を打倒することもいとわない。
宦官がこれを行う理由が、自分たちの権力、財産の維持や拡大だけ、というところが、さらに邪悪さを高めています。
三国志の前時代、後漢末期では宦官が権勢をふるって王朝をわがものとしていました。役人も宦官に完全にねじ伏せられ、社会全体が宦官に反抗できない状況になっていました。その状況で世間では人物批評が流行ります。これは宦官を批判できないストレスの発散の手段として、異常に人気が出たらしい。
この人物批評で「治世の能臣 乱世の姦雄」と評されたのが、三国志の英雄の一人、曹操です。
で、あまりにも横暴を極めた宦官は軍閥の反発を買い、袁紹などの有力者によって排除されてしまいます。
しかし行政機能まで宦官に乗っ取られていた後漢王朝は政府機能を失ってしまい、三国志で描かれる争乱の時代へと突入していくわけです。
脱線話が長くなってしまいましたが、宦官は中国王朝の滅亡要因の重要な要素として最後の清王朝まで存続してしまいます。
もちろん宦官にも素晴らしい人物がおり、名著「史記」を残した司馬遷は、宮刑(去勢する刑罰)という屈辱を受けてでも、史記を書き上げました。
また人類ではじめて「紙」を発明した蔡倫も宦官ですし、明王朝の時代に強力な船団を指揮した鄭和に至っては、東南アジア各地の海賊を討伐するなどしてこの海域に平和をもたらし、今でも東南アジアでは神として奉られているほど。
そういう人物がいるものの、総じて宦官は害悪な存在として、中国王朝を常に脅かしていました。
日本ではこの宦官が導入されなかったため、王朝の滅亡、すなわち国の滅亡要因となることもありませんでした。
宦官が存在しなかったことも、日本史を世界史とは異なる道に進ませた要因と言えます。
続く!